えええっせい

えっせいです

バー:上手くなったら練習するよ

 家の近所にバーがある。人の良さそうなマスターと、Very Very良心的な価格とは言わないまでも、おそらく都内のバーならこんなもんかな、という価格帯である。3~4杯良さそうな酒を飲んで、それで6,000円くらい。

 まさか一人でバーに行くなんて人生で思ってもみなかった。私は小汚く、守銭奴で、明日の米にも困るような生活をしていたようなしていなかったような、という立場の人間だったので、まさか資本主義の最右翼たるバーに行くことになるとは思わなかった。なぜって、子供のバーのイメージってこんなんじゃなくって。

 

 渋いヒゲのマスターがワイングラスを磨いている。カラカラと店の扉が開く。「……いらっしゃい」マスターの低いトーンの挨拶にも返さない。常連は外套を脱ぎつつ、一番奥から二番目の席、ちょうど照明が少し照りにくい位置に座る。「マッカラン12年、ロックで。あと灰皿」マスターが何も言わずに灰皿を差し出す。マイセンの7ミリを大きく吸って、天井を仰ぐ。煙が照明に輝る。机の前には、いつのまにかミックスナッツが置かれていた。男はアーモンドを一つつまんで、またタバコを吹かす。

 

 こんなんじゃない。戦争だよ、こんなの。絶対行きたくないよ。裏社会の一本道じゃないか。ところがどっこい、最近の(少なくとも、ウチの近所にある)バーのマスターは、随分とにこやかでおしゃべりだ。敷居の低さが安心できる。最近は人見知りな私も、マスターとならおしゃべりが出来るようになった。もちろん最初は友人と行ったのだが、マスターの人柄に惹かれる、というやつですな。クソつまらん合コンに行って二時間溶かすくらいなら、マスターとおしゃべりするというのは大変こころがほっこりするのであります。結構バカにならない金額するんだけどね。でも、他の客と喋るのはまだ随分ハードルが高いので、そのうちそれも実践したいとは思う。出来れば向こうから話しかけてほしい。それなら出来る。バーに陰のある人間が一人で座っていたら、是非喋りかけてください、なんて他力本願なお願いもしてみたり。今は寒空の下、深夜バーの前を通りかかるとマスターが立っていて、お客さん今いないんですよ、みたいな顔をしているときしか行けない。なぜって、人見知りだから。知らない人がいたら絶対喋れない。マスターとしか喋れない。だから他の客が来たら、いつも私は速やかに帰る……と書いていて気付いたが、それでは永遠に人と喋ることは出来ないな? 上手くなったら練習するよ、というのび太の気持ちがよくわかる。

 そのうちアレ見たいね。あの、グラスをスーってやって、こちらの方からです、みたいな。自分でどうこうしたいとは思わないけれど、見てみたい。そのためだけにせっせと通っているというフシは、若干、ある。