えええっせい

えっせいです

理系の研究室:25時間の男

 25時間の男がいた。何が25時間って、一日の長さがである。何を言っているのかは分からないとは思うが、私も初めは全然分からなかった。でも今では分かる。だからその常軌を逸した考え方を説明しておきたいと思う。

 大学の理系学部というのは、四回生になると配属が決まる。私は絵に描いたようなダメな大学生だったので、問答無用で一番楽そうな研究室に配属を決めた。他の同期も概ね同じような理由だったので、まあ、そういう人が集まるところなのだなあと漠然と思っていた。しかし、その考えは研究室に入って一変する。

 そう、その一見楽そうに見えた研究室は、実はひたすらに楽であることが発覚した……一方で、かなり優秀な人間が集っていたのである。なんと学振(日本学術振興会特別研究員。ざっくり言うと、学生の身分で国から月に20万円以上の返済不要の奨学金が貰える。超狭き門)の方もいらっしゃった。教授も論文をバンバン出していたりした。他にも驚くことはいくつかあれど、それはまた別の話。

 そして優秀な人間はまた考え方も変わっていることが多い。その学振を保有していた方が、まさにそうだった。真面目な方で、文化(音楽)にも造詣が深く、責任感もある人格者。言ってみればパーフェクトな人間なのだ。彼に陶酔していた院生も少なからずいた。そしてその彼の唯一にして最大の奇人たらしめている事象。それこそが、一日25時間制である。通称、25時間の男。

 説明しよう。普通、人間だれしも一日24時間で生きている。それは不変の真理だ。そして睡眠は平均6時間必要だとここで仮定しよう。さてここで問題だ。1日が24時間だろうが、25時間だろうが、睡眠時間は大きく変わるだろうか? 答えは否、である。多分我々は、一日が24時間だろうが、25時間だろうが睡眠時間はほとんど変わらない。むしろ、人間のサーカディアンリズム、つまり生理的な周期は25時間がベースである、という説が支配的だったりもする。

 そういうわけで、25時間は理にかなっている、だから一日は25時間で生活した方がいい……ということが言いたかったのではない!

 その彼は、「睡眠時間を減らすため」に一日25時間制を採用していたのだ。ここからが本題である。私と秀才についてこれるかな?

 算数で説明しよう。一ヶ月は30日、睡眠時間は6時間/日と仮定する。そうすると、一般に必要な睡眠時間は一ヶ月あたり

 30×6=180時間 になる。これが普通の人間だ。

 一方で、25時間の男。まず、一ヶ月が30日ではない。彼の一ヶ月は、

 30日×24÷25=28.8 日 になる。そうすると、一ヶ月あたりの睡眠時間は、

 28.8×6=172.8時間 になる。一般の人間と比較すると、差し引き

 180-172.8=7.2時間

 つまり、通常とほぼ変わらない睡眠時間で生活を送っているのにも関わらず、一ヶ月あたりで使える時間が7.2時間増えるのである。彼は7.2時間「も」と言っていたらしい。そのあたりが常人と異なるところだ。

 その彼は、浮いた7.2時間を活用して、論文を3本書き上げ、優秀な成績で大学を卒業し、医薬品関連の企業で研究員として働いているという。すこぶる、優秀な方であった。何も言う事はない。

 なお、一日25時間制を採用すると人間がどうなるかは、想像に難くない。

 まず、他の人と生きている時間がズれている。おおよそ、一ヶ月周期で元に戻ってくるのだが、行事や飲み会はそういうことには配慮されず、無慈悲に行われる。典型的な例で言うと、新入生歓迎会だっただろうか。彼は「今起きたばっかりなんだよ」と言っていた。起き抜けに酒。どこの豪傑かと思ってはいたが、なんのことはない。たまたま夜の7時に起きる周期の日だっただけ、というだけことである。

 他にも日常生活に不具合を起こしていて、そういう弊害は個人的には7.2時間の自由時間と天秤が釣り合うかどうかは分からない。もしかすると、一日が25時間だから、その1時間が長い分睡眠時間もちょっとだけ伸びるのではないだろうかという前提を切り崩す指摘も当てはまるかもしれないが、ここではその議論はしない。大切なのは、彼は優秀で、すこし変わっていて、でも結果を出したから誰も何も言わなかった、ということである。決して、実験器具を使う時間がズレるので、みんな歓迎していた、というワケではない。

 なお、私は別の先輩と「三交代制実験」という期間労働者のようなスタイルを開拓していたのだが、それはまた別の話。大学の研究室というのは、フリーダムなのだ。