えええっせい

えっせいです

萌え:床マルチへの礼賛を避けるオタクは

 おそらくドラマ版の電車男だったかもしれないが、違うかもしれない。いずれにせよ、その時代がメイド喫茶の開闢だ。マイナーな同好の士が集う、紳士の社交場としてのメイド喫茶から、大半の人間が嘲り笑う対象のメイド喫茶への、悲痛な脱皮だ。

 今はメイド喫茶がどういう形態の運用をしているのかは私は知らないが、電車男以降もしばらく嘲笑の対象となっていた。その権化とされるのはもちろん、

「萌え萌えキュン!」

 と、バイト、もといメイドが絶叫しながらオムライスにケチャップを垂らすその呪文だ。テクマクマヤコン、ラミパスラミパスもかくやの魔法の呪文。それが萌え萌えキュン。

 そういうこともあり、萌えという言葉。当時はオタクを表す言葉としてこれほど適格なものもなかっただろう。チェックのシャツに、冴えない眼鏡。どうにもならない寝ぐせと天然パーマの中間地の背中には、リュックサックにポスター。やせぎすか、だらしない中年太り予備軍かのいずれかという体形。オールド・スタイルかつ、ステレオ・タイプなオタク像。こんな人間は果たして実在したのか……というところは疑問は介するが、純度100%でチェック項目を全て満たすオタクの実在性はともかく、80点のオタクは間違いなく実在した。あ、アニメキャラのTシャツがインナーなら20点加点でお願いします。To Heartの床マルチの踏み絵にクリアしてたなら、グリフィンドールにプラス10点。

 で、ここで疑問なのが、「萌え」という単語の使い方だ。私の不勉強かもしれないが、萌えという単語は「萌え―!」という使い方しかされないような気がしている。例えば、「マルチはロボットなのにポンコツ、そこが萌えるポイントの先ず第一で、そしてゲームをプレイするうちにその真摯さにまた萌え、更に……」のような使い方は極めて少ないように思える。要すれば、単語として文意に組み込むことはなく、独立したオタクの咆哮として「萌え~!」が存在するだけ、と今更ながら思っているのだがどうだろうか。

 上記の例文に赤を入れるなら、「ポンコツ萌え! ロボ萌え!」という単語しか発せないのがオタクで、永井豪の真夜中の戦士と絡めるのがマニア、というところか。そしてマニアは「萌え」とか言わない。

 だから私は「萌え」という言葉を嫌っていた。世の中のオタクと一緒にされたくない。床マルチも、心で泣きつつ、踏む。あんなニワカ(という言葉は当時はなかったと思うが)と同じ扱いでは困る、という自尊心がそうさせた。そしてその自尊心は多くのオタクが抱えており、私もご多分に漏れずそのうちの一人でしかなく、「他とは違うワタクシ」で有りたいという面倒厄介なオタクへの固定観念を形成する一人だったことは議論は待たない。

 当時はオタクは十二分に迫害されてしかるべき存在だったので、私は極力オタクであることを隠して生きていた。ライトノベルなんぞを嗜んでいたのは周知の事実と化していたにせよ、雑食悪食乱読家の一貫として見られていた、と自分では信じている。

 そんな私が学生の時分、「萌え」という言葉とどう付き合っていたか。萌えるものを鑑賞した際には、いつも、

「いやあ、これはやっぱり萌えだよね」

 と言っていた。

 

 無論、俄然、キモい。キモ過ぎる。