えええっせい

えっせいです

喫煙所:下を向いて生きてるんだ

「もう最悪なんだけど! 直ぐにでも会社辞めろって!」
「まあまあ、落ち着けよ」

 若い男女が喋っている。当然私は聞き耳を立てる。

 この男女は、しばしば見かける。おそらく同じ会社の人間だとは思う。何度かオフィスで見たことはあるが、喋ったことはない。向こうが私を認識しているかどうかは知らないが、こちらは知っている。そういう間柄だ。間柄、とは言えないかもしれないが。

 しかしやにわ物騒な話だ。今すぐ辞めてくれって、そんなことを言いたくなるような人間がいるのだろうか。否応にも聞き耳を立ててしまう。

「向こうとしては、直ぐにでも辞めて欲しそうなのよ。私に主婦にでもなって欲しいってワケ!? そんなの無理よ!」

 なるほど、社員の話ではなく彼女自身の話なんだな、と胸を撫でおろす。自分に近しい人の話をされているのかと思ったが、ほっとなでおろす。

「パートならいい、みたいな。ホント、生きる世界が違うのよ」
「まあ落ち着けって。それでも、〇〇(女性の名)は会社辞める気はないんだろう?」

 女が喚いて、男がいなす。時折、女が軽く男の胸を叩くようなスキンシップが入る。親密な関係らしい。異性の友達、というやつだろう。

「もちろんよ! 結婚相手として尽くしてほしいのかもしれないけれど、私はそうは思わない。尽くす相手ではなくて、パートナーを選んだだけ。お互いが高めあっていけるのがパートナーだと思うのよ」

 会話の内容から、やはり男はただの友人である。女には結婚を控えた彼がいるようだ。

 この女は、一昔前ならバリキャリというやつだろうか。随分と元気がある。

 今、多分会話で何気なくバリキャリと表現すると、ともすると女性蔑視の化石人間と目されることだろう。いや、もしかするとオッサンではなく女性が女性に対して「あの娘、総合職でバリキャリなの」と言う場合には良いのかもしれないが……。別段私は思想的な意思表明を強くするつもりはないが、性差に関わらずキャリア選択をするべきだとは思っているので、こういう女性が増えていって欲しいと願うばかりである。

 もうひとしきり悶着した後、また女が男の肩を叩く。男はそれで頷き、タバコを灰皿に押し付ける。去っていく二人、残る私他数人。

 なるほどな、と私は一服。大きく息を吐く。

 まあ、一つ感想を言うならば、

 

「喫煙所でごちゃごちゃピーピーうるせえんだよ!!!」

 

 ということに他ならないし、おそらく残る数名も大きく頷いてくれるはずだ。

 ああ、うるさかった。喫煙所っていうのは、もっと殺伐としていて、世の中に疲れていて、全員がスマホでクソみたいな三文記事と向かい合って、下を向いて生きながら自己との対話を実現しているような、そんな夢のような空間なんだ。キラキラしたキャリア・ウーマンの残り香を嗅ぎたいわけではないんだ。そういうモノに見切りを付けられた、選ばれた脂ぎった戦士たちが集う栄光のフィールド……

 それが、喫煙所です。類似の空間に、パチンコ屋とか競艇場とかがあります。そんなにキラキラされたら、困るんですわ。